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松山地方裁判所大洲支部 昭和31年(ワ)26号 判決

原告(反訴被告)

村上重生

被告(反訴原告)

宮野茂太郎

主文

被告は、原告に対し金一七五、六三三円及びこれに対する昭和三一年一月一日からその支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。

事実

(省略)

理由

(一)  争の基礎たる事実

原告及び被告が、それぞれ原告主張の原告所有地及び被告所有地を所有していること・両地が、もと訴外菊地弥太郎の所有に属していたこと・原告所有地は、もと畑七反九畝一二歩、被告所有地はもと畑四反七畝九歩であつたものゝところ、前者は、昭和一三年中に、後者は昭和九年七月三〇日に、それぞれ登記簿上地目変換をし、現在の公簿面積に更めたものであること・被告が、昭和三〇年一〇月頃に、別紙(省略)図面の係争地内のすぎ及びひのきを伐採したこと・原告主張の両地(原告及び被告所有地)の境界線が、すぎ及びひのきの植境―被告の伐採前―をなしていることは、当事者間に争ない。

(二)  係争地の帰属について

一、先ず、前記争ない事実のとおり、両地は従前畑であつたものゝところ、成立について争ない乙第八号証によると、それは、従前伐替畑の地目で表示されていた当時に、面積が当初二反四畝一二歩であつたものを、後になつて四反七畝九歩に変更せられたことが明らかであるが、もともと耕地の実面積は、山林の場合と異り、ほとんどの場合において、公簿面積と一致するか、でなくとも、その相違は僅少であることが通例であつて、特に、被告所有地の場合、前記面積の表示の訂正の際、実測が行われたもので、多分に実面積が公簿面積に一致するものと解されるものゝところ、第二回検証の結果によると、争ない被告所有地の範囲の実面積は、おゝよそ公簿面積に匹敵するものであると認めることができる。

二、一方において、原告所有地の係争地側を除く三方の境界の所在がどこであるかは、必ずしも明らかであるとは言えないが、原告本人の供述に、検証の結果を総合して、(イ)東北側五二番地との境界は、最高約二〇米の崖の上縁をなすところの(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)各点を順次結んだ線―(ロ)(ハ)(ニ)の部分は一応論外として―、(ロ)北西側は第三山道の(リ)点と(ヌ)点とを結んだ線であると認めるを相当とし、(イ)西南側は高さ約一米のアドをなすところの(ヌ)(ル)(ち)各点を順次結んだ線―(ち)(ヲ)(ワ)の部分をしばらく論外として―であると推測するを相当とし、右各線を境界とし、係争地を原告所有地に加えて計量するとき、第二回検証の結果によると、それは、ほゞ原告所有地の公簿面積と一致するものゝごとくである。―場合によつては少しく下廻ることも考えられる。

三、第一、二回検証の結果によると、前記二、の原告所有地の西南側の約一米のアドは、一帯として(ヌ)点附近から(ワ)点附近まで継続しており、その中間、例えば(ち)点において格別の変化はない。―もし、甲道が原告と被告所有地の境界の標識とすると、その延長線たる(ぬ)点附近において、このアドに何らかの変化があつて然るべきものである。

四、証人中野熊吉の証言によると、元来原告所有地と一筆をなしていたところの同所七一八番地の三―この土地も原告所有地である―の南側の境界線が、別紙図面の第三山道の(ぬ)点に斜面をほゞ点線の方向から下降していることを認めることができるものゝところ、同山道の(り)点には何らの標識がないことゝ対照して、従前一筆をなしていた七一八番地の土地の境界線が、(ぬ)点から同山道下に越えていることを推測することは、不合理とは言えない。

五、係争地の被告所有地側は甚だ不整形であつて、その周縁の線をもつて境界と考えることは、一見不自然のようでもあるが、第一、二回検証の結果により、地形の点から見て境界線を引くことのできないと思料される―甲道の点については後述―係争地附近の状況から考えて、このような不整形な植境がなされたことは、何らかの縁由があつたものと解され、特に(い)(ろ)―(イ)(ウ)(つ)各点を順次結んで(い)点に回帰する線をもつて囲まれた範囲の土地に、何故植林がなされなかつたかとの疑問を持たざるを得ないものゝところ、それは、植林がなされた当時の地相(土地の利用状況)又は占有関係が、植境において相違していたものと推察するを相当とし、あるいは、証人菊地カ子オの証言及び原告本人の供述を採ると、植林がなされた当時、係争地の外(争ない被告所有地)は畑、その内は山林であつたことをうかがうことができ、もしそうであるとすると、それは、原告所有地と被告所有地の区分にしたがつていたものとも推察できぬことはない。

六、第一、二回検証の結果によると、被告主張の境界線には甲道及びはぜの伐根が二つあることが明らかであるが、証人井上又市、同菊地弥太郎(第一、二回)及び同菊地政重の証言によると、それは境界の標識として以前から設けられたものでないことが明らかであつて、被告が主張するごとく、伐替畑と称する地目の土地がはぜ畑であつたこと、ないし争ない原告所有地にはぜの木がなかつたことの証拠はない―この点については後述八、の(2)参照―から、たまたまこの二つのはぜの伐根の存在する地点をもつて、両地の境界線と認めることは到底できないところである。

七、以上の各事項に、証人菊地弥太郎の証言(第一、二回)及び原告本人の供述を総合して考えると、係争地の範囲は、原告所有地の一部であると認めるを相当とする。

八、右認定事実に反し、両地の境界が被告主張の線である旨の証人菊地亀太郎及び同菊地政重の各証言並びに被告本人の供述は、次に述べる理由により、いずれも措信し難い。

(1)  証人菊地亀太郎の証言について

(イ) 同証人は、係争地関係の土地の地番を知り過ぎている。

同証人は、その証言によると、昭和三年頃現住地に移住したもので、従前、特に係争地に関心はなかつた筈であるから、証言を求められた際土地の地番名をもつて即答できないのが普通のことである。

(ロ) 同証人は、係争地の斜面下に在る三角形の畑を井上某が所有していることを知つている旨述べており、それは、同証人の証言調書の附図と、第二回検証の結果と対照して、三二四番地と認められるが、証人井上又市の証言によると、それは―同証人は三二三番地と述べておる―同人がそれを所有するようになつたのは、昭和一三年頃であると認めることができるから、前記のとおり、その前に出郷した同証人が、右の事実を知つていることは奇異である。

(ハ) 同証人が両地の境界線の一部であると述べるところの甲道が境界線として設けられたものでないことは、前述五、のとおりである。

(ニ) 同証人の証言のうち「原告所有地も被告所有地も同時に植林したもので木の大いさは同じくらいですが、私が当地に移住した後植林したもの―他の諸証拠から考えて、それ以前に植林したものと認めるべきである。―で年数も分りません。」との部分にいたつては、全くその証言自体どう着も甚だしいと言わなければならぬ。

(ホ) 以上各事項から考えて、同証人は、何人からか智識の補充を受けて証言していることが明らかである。

(2)  証人菊地政重の証言について

同証人の証言を約言すると「両地は、従前一帯としてはぜ畑であつたものゝところ、それを開墾して、その際二つに分けて、一を浪次郎(菊地弥太郎の養父)が自ら耕作し、他を万太郎(菊地弥太郎の実兄)に耕作せしめ、甲道をもつてその境としたが、その前者が原告所有地で、後者が被告所有地である。」との趣旨に帰するものゝところ、従前一帯としてはぜ畑であつた以前の両地の境界が問題点であるから、この証言から、甲道が両地の境界であることの理由は納得し難い。

(3)  被告本人の供述について

証人菊地弥太郎(第一、二回)及び同菊地カ子オの各証言を総合すると、被告は、昭和二四、五年頃及び昭和三〇年の秋頃の二回にわたり、両地の境界線を質ねる目的のもとに菊地弥太郎方を訪問したことを認めることができるから、その供述にあるごとく、被告所有地の抵当権者である某銀行(愛媛農工銀行?)の係員某と立会の上で、訴外中尾信次郎から両地の境界線を教わつた旨の供述は措信し難いが、仮にその事実があるとしても、中尾が両地の境界線を知つていた事情が明らかでないから、同人からの伝聞を基とした被告本人の供述をもつて、境界線の所在を確めるための資料とはし難い。

九、もとより、被告が他人を使役して永年にわたり係争地内の立木の間伐をしたことがあつたとしても、それは、被告本人の供述以上にでるものでなく、この際両地の境界を確認する資料としては何らの価値を有するものではないから、証人上田佳一同中尾進同井上太郎同中尾文武同中野市太郎らの各証言は、前記七、の認定に対する反証となすには足らず、その余の被告の全立証をもつても同様である。

(三)  被告の責任について

一、したがつて、被告が係争地内の立木を伐採して処分したことは、故意でなくとも、過失により原告の所有権を侵害したことになるから、被告は、それにより生じた有形無形の損害を、原告に対し賠償する義務を負うものと言うべきである。

二、ところで、鑑定人柁谷糸治郎の鑑定の結果によると、被告が(昭和三〇年一〇月頃に)係争地内で伐採したところの立木は、すぎ四〇本三〇石八斗五升及びひのき一二七本七四石八斗三升で、その価格は、当時の時価として前者が金三八、八七一円、後者が金一〇四、七六二円でその合計は金一四五、六三三円と認めるを相当とする、

三、そうして、原告本人の供述によると、被告は、原告と両地の境界線を確定することを予約していたことを認めることができ、又前記八、の(3)のとおり、被告は菊地弥太郎について両地の境界線の所在を質ねていたことの事情もあつて、係争地の帰属について確信のないまゝ本件の行為を敢てしたものと認めることができるから、それにより原告の受けた精神上の苦痛に対する慰藉料は、少くとも金三〇、〇〇〇円に相当するものと認むべきである。

四、したがつて、被告は、原告に対し右の合計金一七五、六三三円、及びこれに附帯する当時(少くとも昭和三一年一月一日)からの民事法定利率による遅延損害金を支払う義務を負うものと言うべきであつて、原告の主張は、この範囲において理由がある。

(四)  結語

したがつて、自ら反訴原告の主張は、事実を確定するまでもなく理由がないことに帰するから、これを棄却し、本訴請求を右理由のある主張の限度において認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、本件については仮執行の宣言を附すことは相当でないから、この点についての原告の申立を却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 水地巌)

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